「キリストに会うために」 IGLグループ・チャプレン 岩﨑光洋

 「世の光」ラジオ放送には様々な教派の教会が連なっています。教会だけではなく事業体も加わって伝道放送の働きを覚えて共に歩んでいます。

 

ヨハネの黙示録1章に、イエス・キリストが「7つの教会に手紙を書け」と著者ヨハネに命じる場面が出てきます。そこにはイエス・キリストの姿が記されています。そのかたは「7つの金の燭台の間に」おられ、「目は燃え上がる炎」「足は燃えている炉から注ぎ出される青銅」「右手には七つの星を持ち」「口からは鋭い諸刃の剣が突き出て」おられるかたです。 

そしてヨハネは7つの教会に手紙を書くのですが、それぞれの教会に語られるイエス・キリストの姿は部分的に描かれます。ある教会には「右手に7つの星を持ち、7つの金の燭台の間を歩く方」として、別の教会には「鋭い諸刃の剣を持つ方」、また別の教会には「燃え上がる炎のような目と、燃えている炉から注ぎ出される青銅のような足を持つ方」として、また「ひとたび死んだが生き返った方」として、等々。         つまりそれぞれの教会が共に集まりお互いに示されたイエス・キリストの姿を分かち合うことによって初めてイエス・キリストの真の姿が見えてくるのです。しかし意外と我々はお互いの教会/教派を批判しがちでは無いでしょうか?

「この前、エフェソの教会の人と話したんだけど、イエス様は7つの星を持つ方だって言うんだよ。おかしいよね。我々の教会に示された本当のイエス様は諸刃の剣を持っておられる方だったのに。」

「ティアティラの教会の人に会ったら、イエス様は燃え上がる炎のような目をしているって言ってたよ。我々に示された本当のイエス様は死んだのに生き返った方なのに。ティアティラは危険な教会だね。」

等と言い合うようなことは無いでしょうか?

「世の光」放送伝道に、違った教派の教会/事業体が与えられていることをお互いに喜びましょう。お互いに示されたイエス様を分かち合うことによって初めて我々は真のイエス様にお会いすることができるのですから。