普段の牧会生活に没頭していると、往々にして視野が狭くなり、見るべきものを見ていないことに気が付きます。
世界宣教セミナーに出席したり、宣教師の方々の報告をお聞きしたりするとき、イエス様の宣教の畑は、この世界すべてであるとの思いを新たにすることがあります。そして、その広く、大きな神の畑の中で、自分が置かれているところ、主にゆだねられている働きが何であるかが、より一層明確見えてくることがあります。
そして今、私は世の光の放送伝道との関わりから、身の回りにもっと目を凝らしてみるべき神の畑があることを教えられています。
今年4月に行われた総会に出席しました。そこで昨年度の世の光の聴取者数やレスポンス数が全く落ちていない、それどころか若干ではありますが、増加していることを知りました。この時代に―というと語弊があるかもしれませんが―早朝のラジオ番組に耳を傾ける方が一定数おられるということです。広島県の人口は減少しています。特に広島県の転出超過は、4年連続全国第一位です。外国からの転入が数えられていないということを差し引いても、転出超過に変わりはありません。それにもかかわらずの数字でした。驚きでした。それは事務局のみなさんの祈りと献身の結果であり、その愛と献身に主が答えくださったことであります。しかし同時に、主が、『目を上げて、畑を見なさい。』と促しておられるように感じました。
私は想像します。これらの方々は、どのように放送を聞いておられるのだろうか?病床のベッドで一人静かに聞いておられるのだろうか?トラックを運転しながら聞いておられるのだろうか?・・・そして思います。主はそのお一人お一人を、どのように見ておられるのだろうか? 主の心とまなざしをもって、見るべきものを見たいと心から願います。『目を上げて、畑を見なさい。』
